
西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか エマニュエル・トッド 文藝春秋 2024
La Defaite de L’Occident by Emannuel Todd.
目次
第1章 ロシアの安定
- ロシア経済の安定性について
- 西側諸国との関係性
第2章 ウクライナの謎
- ウクライナの複雑な歴史的背景
- ロシアとの関係性
第3章 東欧におけるポストモダンのロシア嫌い
- 東欧諸国におけるロシアへの複雑な感情
- ポストモダン社会における影響
第4章 「西洋」とは何か?
- 西洋社会の定義
- 多様な解釈
- ロシアとの対比
第5章 自殺幇助による欧州の死
- 欧州社会の現状
- 自殺幇助の問題
- 社会構造の危機
第6章 「国家ゼロ」に突き進む英国 亡びよ、ブリタニア!
- 活動的国民と無気力国民
- 直系文化でリーダーである不幸
- 自立型寡頭制の発展は打ち砕かれた
- 富裕層の問題を理解する
- 米国国家安全保障局(NSA)の監視の下で
- 米国の衰退と欧州支配の強化
- トラスの瞬間
- 経済の崩壊
- イオネスコへのオマージュ 英国機能不全の目録
- 経済崩壊の背後にある宗教崩壊
- プロテスタンティズムはいかなるものであったか
- 活動的プロテスタンティズムからゾンビ、そしてゼロへ
- 社会と政治の崩壊
- 労働者階級への憎しみが人種差別に取って代わるとき
- プロテスタンティズム・ゼロ状態、国民・ゼロ状態
第7章 北欧フェミニズムから好戦主義へ
- デンマーク王国(とノルウェー)の朽ちている何か
- スウェーデンとフィンランドの社会的興奮状態
- プロテスタンティズムの終焉、国民の危機
第8章 米国の本質 寡頭制とニヒリズム(261ページから)
- 必要概念としてのニヒリズム
- もっと死ぬためにもっと消費を
- フラッシュバック――善きアメリカ
- 一九五五年頃の権力エリート
- 「不正義の勝利」――一九八〇年から二〇〇〇年
- プロテスタンティズム・ゼロ状態へ向かうアメリカ
- プロテスタンティズム・ゼロ状態と知性の崩壊
- プロテスタンティズム・ゼロ状態と黒人の解放
- 神の恩寵を失う――刑務所、銃乱射事件、肥満
- メリトクラシー(能力主義)の終わり――ようこそ寡頭制
第9章 ガス抜きをして米国経済の虚飾を正す
- 米国産業の消滅
- 米国のRDP(国内実質生産)
- 輸入製品への依存
- 非生産的で略奪的な能力主義者
- 輸入労働者への依存
- ドルという不治の病
第10章 ワシントンのギャングたち
- WASPの終焉
- ユダヤ系知性の消滅?
- 「ワシントン」と呼ばれる村
- ブロップの人類学
- ウクライナに復讐する?
第11章 「その他の世界」がロシアを選んだ理由
- 大悪党のロシアを罰したいのは誰か?
- 西洋による世界の経済的搾取
- 経済戦争から世界戦争へ
- 世界の人類学的多様性の否定
- ロシアの新たな「ソフトパワー」
終章 米国は「ウクライナの罠」にいかに嵌ったか 一九九〇年——二〇二二年
- 主な諸段階
- 第一段階
- 第二段階
- 第三段階
- 第四段階
- 一九九〇年から一九九九年 平和的局面
- 一九九八年から二〇〇八年――ヒュブリス
- 二〇〇八年から二〇一七年 米国の撤退とドイツの(特殊な平和主義的)ヒュブリス
- 二〇一六年から二〇二三年 ウクライナ的ニヒリズムの罠
追記 米国のニヒリズム――ガザという証拠
日本語版へのあとがき 和平は可能でも戦争がすぐには終わらない理由
【AIの要約】
第1章 ロシアの安定
この章では、ロシアが内外の諸問題に直面しながら自国経済の安定維持を目指す戦略や政策を検証する。西側諸国との歴史的かつ複雑な相互作用が、経済的安定と地政学的影響どう反映されるかを詳細に論じている。
第2章 ウクライナの謎
本章は、ウクライナの多層的な歴史背景を紐解き、ロシアとの長年に及ぶ複雑な関係性や対立構造を明らかにする。民族的・政治的要因が交錯する現状の意味と、未来への可能性について慎重な考察が展開される。
第3章 東欧におけるポストモダンのロシア嫌い
東欧各国で広まるポストモダン思想を背景に、ロシアに対する否定的感情の根源と政治・文化に与える影響を分析する。歴史的記憶やアイデンティティの再構築が、現在の対立や協調の形態にどう作用しているかを探求している。
第4章 「西洋」とは何か?
この章では「西洋」という概念の定義を多角的に検証し、伝統と革新、自由と合理性の両面から議論が進められる。西洋とロシアとの対比を通し、文化的・政治的アイデンティティの根源や相互の影響関係が問い直される。
第5章 自殺幇助による欧州の死
欧州社会の現状とその内在する自己破壊的傾向を、象徴的に自殺幇助という現象を用いながら分析する。経済的疲弊や倫理的な揺らぎ、社会構造の危機がどのように未来の展望を閉ざすかが鋭く示されている。
第6章 「国家ゼロ」に突き進む英国 亡びよ、ブリタニア!
英国の国家機能不全と文化的衰退を、活発な国民性と無気力な現実の対比の中で浮き彫りにする。直系文化や伝統的寡頭制の崩壊、経済の脆弱性と米国の影響下で変遷する英国の政治状況が詳細に描写される。
第7章 北欧フェミニズムから好戦主義へ
北欧各国の社会変容を中心に、フェミニズム運動の限界とそれに代わる好戦的傾向が明らかにされる。デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの事例を通して、伝統的価値の崩壊と国民意識の編成が論じられる。
第8章 米国の本質 寡頭制とニヒリズム
本章は、米国に内在する寡頭制構造とニヒリズムの蔓延を鋭く指摘する。消費文化や倫理の沈没、権力エリートの変遷、プロテスタンティズムの喪失と社会不義が重なり、アメリカの根本的危機が露呈される。
第9章 ガス抜きをして米国経済の虚飾を正す
米国経済の現実を覆い隠す虚飾を暴露し、産業基盤の崩壊と輸入依存の実態を詳述する。国内実質生産や非生産的エリート主義、ドルの不治の病が経済全体に与える悪影響が冷徹に分析される。
第10章 ワシントンのギャングたち
ワシントン中心の権力集団に焦点を当て、伝統的エリート層の崩壊と新たな権力構造の形成を描く。ユダヤ系知性の消滅や内部闘争、外交戦略の転換が絡み合い、現代政治における権力の不安定性が示唆される。
第11章 「その他の世界」がロシアを選んだ理由
グローバルな視点から、西洋による経済的搾取とその反動としてのロシアの軟調な台頭が検証される。経済戦争の拡大、国際紛争の激化、文化多様性否定の中でロシアが新たなソフトパワーを発揮する動機が論じられる。
終章 米国は「ウクライナの罠」にいかに嵌ったか 一九九〇年——二〇二2年
時系列で描かれる米国外交の変遷と戦略、平和と紛争が交錯する背景を整理する。ウクライナ情勢を巡る多段階の展開と、米国のニヒリズムや誤認が招いた罠の全体像が総括的に論じられている。
トッド氏のこれまでの論評の総決算。論点があまりに多く、話題は尽きません。印象に残った文は以下の通りです。まずは、ロシアが経済制裁で強くなったこと。
2012年、ロシアは3700万トンの小麦を生産していたが、2022年には8000万トンとなり、10年間で2倍以上増加した。p.53
経済制裁でロシアが音を上げると考えていた西洋のエリートを批判しています。
次に、マックス・ウェーバー。
プロテスタンティズムは支配下にある人びちを常に識字化する、という点にある。プロテスタントの信者は、誰もが清書に直接アクセスできなければないからだ。そして読み書きできる人々の存在が技術および経済の発展を可能にする。こうして、プロテスタンティズムは、意図せずして、非常に有能な労働力を形成したのである。p.156
本書では、宗教と社会の関係について論じていますが、出発点は資本主義の形成から。
プロテスタンティズムは、2つの良いで西洋の中心に位置している。プロテスタンティズムの良い面には、教育と経済の発展があり、悪い面は人間は不平等だという考えがある。p.157
予定説が差別の遠因になっているということですね。絶定核家族社会、直系家族の差別傾向はこれで説明できるでしょう。
プロテスタンティズムに関しては、自らが消滅する以前にすでに国民国家を生み出していたことだ。プロテスタンティズムは、常に国民国家的宗教であり、牧師は基本的に公務員だったのである。p.168
経済発展するに従い世俗化が進むことを「宗教ゾンビ」「宗教ゼロ」のように説明しています。
アトム化した社会では、「国家はきちんと機能する」ということがしんじられなくなるのだ。(中略)
原初の宗教的原型は、ローマ帝国末期から中世盛期にかけてゆっくりと構築され、プロテスタントの宗教改革とカトリックの反宗教改革によって、最高潮に強化された。国民感情、労働倫理、拘束力のある社会道徳、集団のために犠牲となる能力を書いていることが、今日の戦争における西洋の「弱さ」である。p.169
著者のウクライナ戦争の見方は以下の通り。
ロシアは、西ヨーロッパにとって、いかなる意味でも脅威でない。(中略)1990年、ロシアは、存在自体が重荷になっていた東ヨーロッパの衛星国、特にポーランドから解放されたことに安堵したのだ。今日のロシアは、西方へ勢力各区代するための手段を人口動態的にも軍事的にも持っていないことを知っている。ウクライナでの軍事行動の干満差がそれを実証しているのである。
「ロシアの脅威」が幻想にすぎないことを確信するには、ドンバス州の大都市ドネツクが、ロシアの国境から100キロ、モスクワからは1000キロ、ベルリンからは2000キロ、パリからは3000キロ、ロンドンからは`3200キロ、ワシントンからは8400キロに位置していることを踏まえるだけで十分だろう。p.180
こう言われてみると、直系家族なドイツが、共同体家族(ロシア、中国)に接近したのを絶対核家族が止めたのがウクライナ戦争のようにも見えます。その直系家族のリーダー論が興味深いです。
個人主義的文化の国、たとえばアメリカ、イギリス、フランス(中央部)では、権力の座につくことは「問題」ではなく「最高の栄誉」である。個々人としてのリーダーは、大成した個人として、絶対的な個人として、リーダーになることに幸せを感じる。ところがドイツや日本の直系家族型文化ではそうはならない。社会全体を調和的に進行させる全般的な諸条件が整っていれば、すべての階層の個人は、自分より上にある何等化の権威によって安心感を得る。ただしリーダーだけは違う。彼らには自分に安心感を与えてくれるような上位の権威は存在しないからだ。p.191
「権力をうまく制御できない直系家族国家の指導者たちの無能力さ」p.193 というのは耳が痛いです。ドイツは、第二次世界大戦前、欧米の強国すべてを敵に回してしまいました。日本も世界最大の経済大国に真珠湾攻撃しました。
ピラミッドの頂点に立つ者たちのセルフ・コントロールの欠如は、直系家族で構造的に誘発される誇大妄想と言えるかもしれない。p.193
現在ドイツが、ロシアの資源を諦めたり、中国市場を放棄したりしているのを「無行動」とみて、その原因を高齢化としています。私が言うところの「直系家族の罠」だと理解しました。
米国のユダヤ人の分析も面白かったです。全人口の1.7%なのに、最も富裕な100人の3割がユダヤ人。p.313
ある社会の上層部においてユダヤ人の比率が非常に高い理由は、多くの場合、その社会の人口全体の教育水準の低さにある。ユダヤ教の教育熱心さがこうした社会では特に完全な形で際立つわけだ。p.314
そんなユダヤ人の影響も後退しているそうです。
2010年から2020年の間に結婚したユダヤ人のうち、非ユダヤ人と結婚した人は61%に達している。p316
ユダヤ人は直系家族ですが、地面(住んでいる場所=絶対核家族)に影響されるのですね。
グローバルサウスが、西洋ではなくロシアに親近感を感じていることを説明するために、ジョン・ホブソンを引用しています。p.334 ローマ帝国末期に、ローマ市民が従属的な「平民、へブレス」になったように、グローバル化で、プロレタリアートが、中国などからの生産物に依存する「平民」になったと。
プロレタリアートが左派政党を指示し、平民がポピュリストを指示しているというのも示唆的です。p.338
これ以外にも、今の世界情勢を理解するためのヒントが満載ですが、今日はここまでということで。