欧州の核家族を平等核家族と絶対核家族に分けたのはエマニュエル・トッドだ。日本人だとぼんやりと、欧州は、核家族で親と同居せず、法治主義で民主主義なんでしょ?と思いがちだ。両者の違いを理解することで、欧州政治の理解が深まる。
前者は平等に重きを置くが、後者は格差を容認する。トッドは、これを前者は子どもへの相続を平等にしてきたのに、後者は遺言で差をつけたことに由来すると説く。
次の表は、絶対核家族の3カ国だ。オランダに6年住み、今月イギリスとデンマークに行ったことで、トッドの主張を実感することができた。
まず、3カ国すべて王様がいるのに気づくだろう。平等を尊重するフランスは、フランス革命で国王を処刑した。
項目 | イギリス | オランダ | デンマーク |
---|---|---|---|
面積(千 km²) | 242 | 41 | 42 |
人口(百万人) | 69.5 (2025年推定) | 17.7(2024年推定) | 5.9 (2024年推定) |
政治制度 | 立憲君主制、議会民主主義 | 同左 | 同左 |
GDP(2025予測,名目) | 約3.71兆米ドル | 約1.14兆米ドル | 約0.43兆米ドル |
一人当たりGDP | 約54,950米ドル | 約62,949米ドル | 約70,525米ドル |
年金制度 | 国家年金(トリプルロック)、私的年金併用 | 国家・職業・私的の3本柱、Mercer指数84.8 | 国家年金と労働市場年金、Mercer指数81.6 |
医療制度 | NHS:税金ベースの公的医療 | 強制私的保険、競争型普遍医療 | 税金ベースの公的医療、分権型 |
失業保険制度 | Jobseeker’s Allowance、Universal Credit、週£92.05 | WW制度、最大24ヶ月給付 | A-kasse制度、月DKK 21,092 (フルタイム) |
相続税率 | £325,000超に40% | 配偶者・子10%、孫18%、他30% | DKK 346,000超に15% |
(資料: Grok) |

そもそもゲルマン民族は大移動した。その中でもドイツ北部/デンマークに住んでいたアングロ、サクソンは、海をわたってイングランドに移住した。
スペイン(カトリック)に迫害されたプロテスタントが作ったオランダも、さらなる宗教の自由を求めてイングランドにわたり、メイフラワー号に乗ってアメリカに渡った。当時の船旅がどれほど危険だったか。そのリスクを取っても、自由を求める人たちが、絶対核家族なのだ。
リスクテイクも健在。デンマークもベンチャービジネスが活発だ。Zendeskの本社はデンマーク。
創薬もNovo Nordisk が時価総額No.1。2020年代になっても痩せ薬で世界を席巻。先日9千人のリストラを発表した。解雇もドライ。
こんな小さな国なのに、アメリカにグリーンランドをよこせと言われると、1.3兆円の防空システムをパトリオットから欧州製に変えてしまった。関税を上げると言われて閣僚が日参し、投資を約束した国とは権威に対する態度が全く違う。
しかし、この3カ国を比較すると、オランダ、デンマークは大陸の隣国、直系家族なドイツ、スウェーデンなどの影響を受けているのがわかる。たとえば、失業保険は、イギリスが薄い。若い白人女性が物乞いをしているのは、イギリスだけだ。
格差を容認するのに年金制度が手厚いのは矛盾に思える。しかし、年金制度が恩給から始まっていることからすると、納得は行く。オランダ、デンマークの年金制度がマーサー・グローバル年金指数で1位、3位なのは、直系家族なノルウェー(8位)、スウェーデン(10位)などに影響されているのではないか(日本は36位)。
医療制度はイギリスが一番手厚いように見えるが、NHSが崩壊しているのを勘案すると、アメリカ同様、イギリスも庶民の医療に関心は薄いと私は思っている。
イギリスがより格差をより容認するのは、島国であることに加え、隣接する直系家族国とのパワーバランスも関係しているだろう。スコットランド、アイルランドともに、イングランドに対しては劣位だった。イングランドが絶対核家族的な価値観=自助と自由に自信を持ち続けたのは不思議でない。
一方、オランダ、デンマークは、ドイツに圧倒されてきた。直系核家族を研究し、自国の存亡をかけて制度を改善し続けたのだろう。
17世紀にオランダが覇権を取ってから400年間、絶対核家族(米英)が覇権を制してきた。現在台頭してきたグローバルサウスの多くの国が、絶対核家族と真逆の価値観を持つ共同体家族だ。権威を認め、格差を認めない(共産主義)。米英と中露は価値観が真逆。
家族類型の価値観は命を懸けるほど重要で、戦争の原因になってきた。ウクライナ戦争は、その典型だ。日本人はウクライナ戦争が3年半も続いていることに驚いているかもしれない。しかし、家族類型は数百年続くもので、価値観は容易に変わらない。
第二次世界大戦の犠牲があまりに大きく、80年間全面戦争は避けられてきた。しかし、その均衡ももたなくなるほど、家族類型は強力なのだ。