【本】世界史の極意

世界史の極意 

佐藤優 NHK出版新書 451 2015/1

佐藤氏の国際情勢分析。歴史書というよりも、現在起こっている帝国主義的な動きの歴史的な背景を説明しています。

第1章では、16世紀以降の世界史を振り返ることで、19世紀の帝国主義と現代の帝国主義的な傾向を比較しています。経済学部出身者は、簡単に読めます。

 結局、20世紀の大きな課題は、ドイツという大国をどのように世界に糾合するのかということでした。しかし私の見立てでは、EUができてもドイツの糾合には失敗しています。なぜなら、ユーロ危機以降、経済的にはドイツだけが一人勝ちし、それ以外のヨーロッパ諸国とは利益相反になっているからです。その意味でも、「戦争の時代」である20世紀はまだ終わっていないのです。p.76

ここで用語の定義が出てきます。

歴史にはドイツ語で、GeschhichteとHistorieという2つの概念があります。後者は、年代順に出来事を客観的に記述する編年体のこと。対して前者のゲシヒテは、歴史上の出来事に連鎖にはかならず意味があるというスタンスで記述がなされます。p.84

日本の教科書が、ヒストリーなのに対し、イギリスやロシアは、ゲシヒテ。

この(イギリスの)教科書は徹頭徹尾、イギリス帝国主義の「失敗の研究」という点に重心が置かれています。(中略)その失敗の歴史を通じて、新・帝国主義の時代のイギリスのありかたを構想することを教えようとしているわけです。

第2章では、民族問題を取り上げています。ナショナリズムについて論じる際に、出てくる概念が、エトニ。アントニー・D・スミスの定義はこちら。

エトニとは、共通の祖先・歴史・文化をもち、ある特定の領域との結びつきをもち、内部での連帯感をもつ、名前をもった人間集団である。

アンダーソン、ゲルナーと比較することで、ナショナリズムを総括。いくつかの事例を検証するなかで、以下のようにまとめています。

エトニは、民族意識が生まれた後「歴史的な」根拠として事後的に発見されます。p.125

事例の中では、ウクライナ問題の解説がしっくりくるものでした。スコットランド問題を紐解く際にでてくる定義がこちら。

ギリシャ語では「クロノス」と「カイロス」という2つの異なった時間概念が存在します。クロノスとは、日々、流れていく時間のこと。(中略)
(カイロス)は、ある出来事が起きる前と後では意味が異なってしまうような、クロノスを切断する時間です。p.156

イングランド人が、独立した場合、経済的に困窮すると圧力をかけたことで、

スコットランド人にとっては、今回の住民投票が、過去のくじゅうの記憶が蘇るカイロスになった。

第3章では、宗教問題を取り上げます。シリア問題のキーワードは、アラウィ派。

アラウィ派は、キリスト教や土着の山岳宗教など、さまざまな要素がまじっている特殊な土着宗教です。たとえば、一神教にはありえない輪廻転生を認めているし、クリスマスのお祝いもする。p.169

1割しかいないアラウィ派が権力を持ったのは、第一次大戦後、フランスが、少数派を優遇したため。アラブの春が押し寄せた時に、この均衡が崩れました。
私も見落としていたのが、2013年のローマ教皇の生前退位。

ローマ教皇の生前退位は、1415年のグレゴリオス12世以来、598年ぶりの出来事です。

著者は、この危機感が、イスラム過激派への対応から来ているとみています。


本書は、イスラム教もカバーしていますが、このあたりも、正確に理解しないと中東情勢の判断を誤りますね。30年前は、このような背景を知らずとも、アジアで問題はなかったのですが、タイで爆破事件が起こるようなご時世ですので、実業家も勉強せざるを得なくなりました。

では。