In an Uncertain World: Tough Choices from Wall Street to Washington
Robert Edward Rubin 日本経済新聞社 2005/7
歴代最高の財務長官と評されたルービン氏の回顧録。ディーリング・ルームにいたときに、彼のコメントの影響力がいかほどであったかを思い出しました。ホワイトハウスが、世界金融の中枢であった時代ですね。
日本は、日銀総裁人事で、天下り規制の話がでましたが、著者の活躍を知ると、「適材適所」こそ国家の要なのがよくわかります。現在進行形のアメリカ大統領選挙で、直接民主主義の光と影が見えているところですが、ワシントンに有能な人材を引き寄せる力があることをまざまざと感じました。
為替政策については、p.250以降に書かれています。あの有名な”A strong dollar is in the interest of the United States.”の裏側に隠された意味について語るくだりは、『通貨烈烈』を思い出しました。
国際金融の本としても第一級なのですが、むしろ、感心したのが、著者のコミュニケーション能力でした。
第1に、ゴールドマン時代も、財務長官時代も、Devil’s Advocateを欠かしませんでした。
ミーティングが最もよい結果を生むのは、受け入れられている意見に反対するメンバーがきちんと発言できるような場合だ。そこで、意見が一致しそうになると、私は必ず反対意見を求めた。p.36
第2に、ワシントン流のマスコミ対策をすぐに習得したことです。
受け答えでは、自分の伝えたいことを理解させること、つまり質問には答えてはいるのだが、事実上自分の意見を伝えることが大切だと。p.151
政策をまとめるのがうまい人物が、必ずしもコミュニケーション能力に長けているわけではなかった。(中略)優秀な政治顧問は、政策をよく理解したうえで、チェスの数手先を読むかのように、自分の発言に対する反応を予期し、その反応に対して先手を打つことができるのだ。p.219
第3が、議会対策です。グリーンスパン議長を参考にしています。
グリーンスパンは質問に答える際には、たとえ少々的はずれ的な質問であっても、まずそれに敬意を表する。そして「地球は平らであるとは、面白い考えですな」などとコメントするのだ。それから「ご質問を言い換えさせていただいてもよろしいでしょうか」と言いながら、まったく違う質問をみずらに問い、相手を煙に巻くような微妙なニュアンスで応えるので、質問者はもっともらしい顔をしてうなずくか、よくわからないと認めるしかなくなるのである。p.249
その次が、ストレス管理ですね。
真剣な問題にまじめに取り組む姿勢はもちろん正しいことだが、激務から自分を解放する術も身につけなければならない。p.156
ゴールドマンのパートナーだった人が言うと、重みが違います。実際、大統領が取り組んでいたNY Timesのクロスワードパズルの答えを息子に聞いたり、釣りに言ったりしているのですが、ひとそれぞれの方法で対処するんですね。
クリントンチームが米経済を回復させた要因のひとつが、財政赤字の縮小なのですが、その決断をした瞬間が、p.170に描かれています。リーダーが決断する重要性が、伝わってきました。
著者自身は、唯一確実なのは、すべてのことが不確実であることだという信念の元、「蓋然的思考」(Probabilistic thinking)によって判断していきます。アジア通貨危機のようなときでも、レポート用紙を取り出して、本質を見極めようとする姿に、なんだか安心するところもあります。特に道具の問題ではないんですね。
財務長官に着任した後、p.244では、民間企業と政府の差を、鮮やかに描いています。
ビジネスの世界では利益創出が主たる目的である。対照的に政府では、単純な利益目標ではなく、課題が優先順に延々と並んでいて、その多くはお互いに対立する状況にある。
そして、民間企業が、政府から学ぶ点を指摘しています。
民間企業が政府機関に学ぶことで利益になると思うひとつの分野は、省庁間の強調、つまりいくつかの分野にまたがるような問題に関してはさまざまな専門分野の人材を集め、それぞれの意見に耳を傾けて共通の見解をまとめることである。p.410
そのほかにも、危機管理と政府との直接交渉を挙げています。日本でも、こういう官民の人事交流によって、お互いが学べるような素地ができるといいですね。
では。