佐藤優 中央公論新社 (2014/6)
先人に学ぶ、修羅場の作法。人生、山あれば谷あり。谷の過ごし方について知れば、百戦危うからず。マキアベリ、イエス・キリスト、ヒトラーなど章ごとに1名を取り上げているので、個別に読むこともできます。自身については、
日本で筆者が経験した最大の修羅場は、2002年1~5月にかけて鈴木バッシングの嵐に巻き込まれたときのことだ。P.28
この時差し入れられた聖書により、
受けるよりは与える方が幸いである P.42
というキリストの言葉を実感していきます。
国家権力と退治した経験から、ドフトエフスキーを再分析。国家の力に心底怯える真理を重ねあわせています(P.49 あたり)。
私が、最初に印象に残るのは、ヒトラーが、権力欲がないように口述していること。著者は、
政治とは、権力逃走であるが、同時に折り合いをつけるゲームである。p.65
という認識から、
権力欲がなく、もともと政治に関与するつもりはなかったと考える政治家は、浦返して言うならば、「現在自分が政治家であるのは人智を超えた天命である」という認識を持っていることに成る。この種の召命感ほど質が悪いものはない。
としています。
もうひとり興味深かったのは、岩田弘。1章として取り上げられているのは、ケルロイターなのですが、ナチスの分析が秀逸です。
ブルジョア国家権力の実態をなすのは官僚と軍部に担われた行政機関-行政権力-であって、議会は政策取引所にすぎず、また議会の多数はからなる内閣は政策委員会にすぎない。P.79
経営という面で印象に残るのは、マキャベリの言葉。
君主は、国内から幾人かの賢人を選び出して、彼らだけにあなたに自由に真実を話すことを許す。P.26
その塩梅が難しいのですが、真理ではありますね。