【本】親愛なるレニー

親愛なるレニー 吉原真里 アルテスパブリッシング  2022/10

TikTok で毎日、世界のできごとを知る若い人には信じられないと思いますが、かつては、紙の重さを気にしながら海外に手紙を送っていた時代がありました。本書は、レナード・バーンスタインと文通をしていた二人の日本人の物語です。

 著者の吉原教授とは、学生会議の同期でした。彼女が東大生だったころから頭の良さはズバ抜けていましたが、膨大な資料を読み込んでひとつの物語にまとめる力は、お見事としか言いようがありません。クライバーン・コンクールに出場するほどのピアニストであることも、本書に深みを与えています。

 吉原教授の専門は、アメリカ文化研究で、オリジナルは英語で出版されました。ユダヤ系アメリカ人であるバーンスタインの成功を通じて、戦後のアメリカ文化を学ぶこともできます。

 吉原教授は、英語も日本語も超一流であるため、翻訳者に任せてもよいところ、自分で日本語版を書いてしまいました。オリジナルの手紙は英語ですが、日本語に訳したときには、書いた本人の意図と乖離することは容易に想像できます。著書は、本人に取材することに成功し、見事な日本語版に仕上げています。

 読者は、本書の半ばに差し掛かった時に、バーンスタインの同性愛について知ることでしょう。そのプライベートな手紙を公にすることのハードルは、現代でも高いままです。本人から出版の了承を得られたのは、著書のこれまでの実績あってのことでしょう。

 私はクラシックの素養がないので、本を読みながら、バーンスタインの曲が鳴りませんでした。しかし、バーンスタインのコンサートに行った人にとっては、その感動を呼び覚ます本になっています。このあたりは、『題名のない音楽会』あたりで取り上げてほしいところです。

 ソニー的には、大賀さんとカラヤンの交流が有名ですが、バーンスタインもテクノロジーに真っ先に飛びついた芸術家だったのですね。

大スターのバーンスタインがCBS傘下にあるコロンビア・レコードと専属契約を結んでいたことは、ソニーがクラシック音楽市場においてシェアを買う立するのに格好の要素だった。今回の日本ツアーのさいにも、CBS・ソニーは強力な広報キャンペーンを打ち出し、毎月12枚というハイペースでバーンスタインの新しいレコードを発売し、ツアー開始までに50枚ものレコードを店頭に並ばせた。ツアー終盤には、盛田昭夫がバーンスタインとスタッフを目黒区青葉台の自宅っでのディナーに招待した。

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 本書の素晴らしいところは、バーンスタインが膨大な資料をアメリカ議会図書館に寄贈していて、訓練を受けた教授が理路整然とまとめているため、索引からソニーとバーンスタインの交流がわかることです。ソニーミュージックの秘書室に聞いても、こんな記録残ってないでしょう。

 読み終えて、これは、ウェストエンドまで行くなと思いました。3年半にわたって戦った両国の間に、戦後、こんな素敵な話が残るなんて、感慨深いです。

 では。