
21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略 オリヴィエ・ブランシャール 2023 日本経済新聞出版
“Fiscal Policy under Low Interest Rates” Olivier Blanchard
MIT名誉教授による財政政策の書。
【目次】
日本語版への序文
序文
第1章 本書の概要
第2章 導入
第3章 金利の変遷、過去と未来
第4章 債務の持続可能性
第5章 債務と財政赤字による厚生面のコストとベネフィット
第6章 財政政策の実践
第7章 要約と今後の課題
AIによる要約
金利と経済成長の新たな関係性
著者が最も強調したい点は、実質金利(r)と経済成長率(g)の関係性です。過去30年間、世界的に見て金利は持続的に低下しており、多くの先進国では r < g という状態が続いています。この状況では、政府債務は金利によって増加しますが、経済は成長率で拡大するため、政府がプライマリーバランス(基礎的財政収支)の赤字を計上しても、政府債務のGDP比は発散せず収束する傾向にあります。この現象は、中国などの成長による国際的な貯蓄増加や、長寿命化による将来に備えた貯蓄の増加など構造的要因によってもたらされており、一時的なものではないと考えられます。
財政政策の新たな役割と可能性
低金利環境は、債務の財政面の費用だけでなく、厚生面での費用も低下させます2。この状況下では、中立金利の低下により政策金利が実効下限(ゼロ金利制約)に直面し、金融政策はその効果に限界を持つようになります。従って、財政政策はマクロ経済安定化のための主要なツールとして、より積極的な役割を果たすべきです。低金利は政府の資金調達コストを低下させ、財政政策の有効性を高めるため、適切に活用すれば低迷する民間需要を補い、経済を安定化させることが可能になります。
「純粋財政」と「機能的財政」の二重アプローチ
私の理論の中心には、経済状況に応じた二つの財政アプローチがあります。民間需要が強い時には「純粋財政(pure public finance)」アプローチを採用して政府債務の削減を優先し、民間需要が弱い時には「機能的財政(functional finance)」アプローチを採用してマクロ経済の安定化を目指すべきです。過去30年間、多くの先進国は慢性的な民間需要の低迷に直面してきました。この状況では、財政は単なる債務管理の問題ではなく、経済全体の安定化を担う重要な政策手段となります。特に金融政策の効果が限られる中、この機能的アプローチの重要性は増しています。
日本の経験からの教訓
著者は、1990年代半ば以降の日本の不況対策について特に注目しています。日本は低迷する民間需要に対して、積極的な財政・金融政策を活用することで一定の成功を収めました。日本のケースは、長期的な低金利・低成長環境における財政政策の役割を考える上で重要な事例です。日本は民間需要の低迷に対して比較的上手く対処してきたと評価できますが、同時に、社会保険の充実による貯蓄減少と消費増加、出生率改善や構造改革による経済成長率の向上など、長期的課題への対応も必要です。
持続可能な財政政策への道筋
低金利環境でも、財政政策は無制限に拡張できるわけではありません。長期的な財政の持続可能性を確保するためには、時間をかけて財政政策を引き締め、中央銀行のバランスシートを縮小していくことも必要です。また、rを引き上げるための構造改革や、人口動態の変化に対応した政策も重要になります。財政政策に関しては、債務削減を絶対的な優先事項とする見方と、低金利を理由に債務の増加も排除すべきではないとする見方が対立していますが、私の著書ではバランスの取れた議論を展開しています。今後の経済政策、特に日本のような高債務・低金利の国々にとって、この分析枠組みは重要な指針となるでしょう。
読んでみて、日本での財政金融政策が、2008年以降の西側諸国のポリシーミックスの参考になったのがわかります。小林慶一郎氏の「日本の経済政策」も読んでいます。経済学の時代背景がわかると、日本の財政政策が、スタンダードなマクロ経済政策の延長線上あったことはわかります。
日本の独自性については、それほど分析されていませんでした。家父長制的な政治が、財政収支の「上方硬直性」(いつでも欲しがる国民)を生み出しているので、他の先進国と単純に比較できないと思っています。オランダやデンマークは、軽いフットワークで財政黒字を計上しています。
ウクライナ戦争の影響も「21世紀」と邦訳につけるのであれば、考えるべきではないでしょうか。健全な財政を持たない国が戦争にいかに弱いか、実感するニュースがありました。

経済学の範疇は超えますが、大国同士が直接戦争しないと思われた80年が終わった今、もはや無視はできないと思いました。
では。