被災地に足を踏み入れた時に、私がイメージしたのは、これまで私が歩いてきた発展途上国の風景でした。何の手がかりもないところから、どうやって豊かになっていくんだろうとしばし呆然とする。インドでもそうでしたし、ジンバブエでもそうでした。
そういう思いに日本国内でなるとは思いもしませんでしたが、東京にもどり、西川潤先生の論文を読み返してみました。
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/6623/1/72396_354.pdf
今は、政府の対応の遅れへの苛立ちが募っていますが、
すべての開発問題についていえることだが,中央主導型の開発政策が、対象地域に前述のような経済社会の歪みを引き起こす恐れもある。
と先生は指摘しています。内発的発展を実現するためには、地域のイニシアチィブに加えて、グローバル経済下での地域の位置づけも考えなければならない。
中国は、それを「中体西用」というスローガンで表しましたが、今回の岩手をみると、
「東体世用」
東北地方の本質を体現するために、世界経済の力を用いる気概が必要なのではないかと思いました。
先生の、グローバル化の光と影。影に対する対策は、非常によくまとまっていて、わかりやすいです。
GLOBAL化に対する対応
- 第3の道
- NPO・NGO
- 地方分権化
- 地域化
内発的発展論に基づく地域発展の諸政策
- 地域の経済循環を創る
- りーだー・ネットワーカーの育成
- 文化やイベントを重視
- 環境保全
こういう視座は、3.11以降、新鮮に感じます。
もうひとつ、先生がのレポート「大津波後1年余、インド東海岸を歩く」
津波のような自然災害がわけても社会の最底辺の人びとに重くのしかかっており、これらの人にとってその重厚から逃れることはとても難しい
- 環境被害
海や入江が土泥で埋まり、遠浅になって、魚の収穫高が減った。国際援助により漁船が寄付されたが、使用されたのは半数。海が遠浅になったため、エンジンがない船は役に立たなかった。 - 間接的な被害
- 未亡人や障害者は、一時金を手にしても生計を立てていくのは容易ではない
- こうした人達は、政府の基準による津波被害者ではなく、国債援助の対象からも外れてしまう
- NGOによっていくつかの村で手工業や畜産などが持ち込まれ、新たな村おこしもみられた