半導体戦争 クリス・ミラー ダイヤモンド社 2023
Chip War: The Fight for the World’s Most Critical Technology
本をいただきました。
著者は、タフツ大学大学院で准教授。専門は中国の政治と外交政策。文系の話?と思うなかれ、今、米中外交の中心に半導体(テクノロジー)があるのがよくわかります。
読み始めて驚くのが、半導体産業と軍との距離です。そもそも初期は、官需がほとんどでした。半導体「戦争」というのは単なる比喩ではなく、軍事力の中核技術として発達したのがわかります。
しかも、それは「総力戦」です。ソ連のスパイが技術をアメリカから盗むのですが、自国の産業クラスターがボロボロで、期待していた性能が出なかったことも書かれています。数ミリ角のチップには、化学素材、マスク焼き付けの技術、クリーンルーム、下町砥石メーカーの超硬質カッターなど2000社の技術が刷り込まれているのだそうです。
半導体の調達は、国家予算をもってしても手に追えないほどになっています。たとえば、空母を造るには100億ドルかかるのですが、
最先端のロジック・チップの製造工場を建設するためには、空母の2倍の費用がかかるが、そこまでしても数年で時代遅れになってしまうのだ。
p.467
そんなことができる企業は限られます。日本企業が投資の決断ができずに競争力を失ったのは御存知の通り。TSMCの創業者は、2007年の金融危機に復活し、サラリーマン社長にはできない決断をします。
彼は前CEOが解雇した労働者たちを呼び戻し、新たな生産能力や研究開発への投資を強化した。そして、金融危機と逆光するかのように、2009年と2010年に何度か数十億ドル規模の設備投資の増額を断行したのである。
p.304
そんなことができる企業しかいま、残れていません。
世界の半導体のほとんどは、アメリカに拠点を置くケイデンス、シノプシス、メンターの3社のいずれかのソフトウェアを使って設計されている。インテルが自社で製造する半導体を覗いて、最先端のロジック・チップはすべてサムスンとTSMCの2社だけで製造されており、両者とも安全保障を米軍に頼る国々に拠点がある。さらに、先進的なプロセッサの製造には、オランダのASMLという1社だけが独占的に生産しているEUVリソグラフィ装置が必要で、ASMLはというと、EUVリソグラフィ装置に不可欠な光源を供給するサンディエゴの子会社、サイマーに頼っている。
p.427
チップは、設計だけで1億ドルのコストがかかるのだとか。2010年代初頭の時点で、最先端のプロセッサ1枚には、10億個のトランジストが載っていました。それを自動的にレイアウトできるソフトは、上述の3社が市場の75%をしめていました。
ASMLは、フィリップスのリソグラフィ部門を1984年に独立させた会社でした。ASMLには資金がありませんでした。
ASMLは世界中の供給業者から入念に調達した部品を用いてシステムを組み立てることにした。主要な部品を他社に頼るのは、明らかにリスクがあったが、ASMLはそのリスクを抑えるすべを学んだ。(中略)
EUVリソグラフィ装置の開発に注力しはじめるころには、さまざまな供給源から調達した部品をひとつにまとめる能力が、同社最大の強みになっていた。
p.256
国際政治の裏話も興味深いものでした。オランダは、日米貿易摩擦において中立な国とみなされました。フィリップスがTSMCに投資していたのも、後々、関係を築くのに有利に働きました。キャノンやニコンが技術だけで戦える分野でなかったのですね。
ツァイスによれば、EUVシステム用のミラーをドイツの国土面積まで拡大したとしても、その凹凸は最大0.1ミリメートルしか無いのだという。EUVの方向を精密に操るには、ミラーを完璧に静止させなければならず、レーザーを月面に置かれたゴルフボールに命中させられるくらい厳密な機構やセンサーが必要になるそうだ。
p.315
そんな機械の開発には数十年という時間と数百億ドルの投資が必要でした。EUVリソグラフィ装置は1億ドルもするわけです。
家族類型的に言うと、こうした鍵となる技術は日独韓台のような直系家族国が提供し、米蘭のような絶対核家族が全体設計とリスクテイクをしているように見えます。オランダでいえば、の全体を俯瞰する力(日本の現場力ですり合わせる力ではなく)が功を奏したとみています。
各社の栄枯盛衰も、興味深いです。インテルのオッテリーニ社長(MBA)は、ジョブズからiPhoneのチップ製造を持ちかけられました。
それが理解できなかった。量で埋め合わせがきくような商品ではなかったから。だが、あとで振り返れば、われわれの予想原価は間違っていて、量はみんなが思う100倍はあった。
p.269
10%多かったとかではなく、100倍というところに、テクノロジー業界の経営の難しさがありますね。インテルはR&Dに年間100億ドル以上費やしたにもかかわらず、人工知能に必要な半導体アーキテクチャーの変化も見逃してしまいます。
インテルには、先進技術や量産能力など、ファウンドリ分野の主役になるための原材料がすべて揃っていたのだが、成功には大きな社風の転換が必要だった。TSMCは知的財産に関してオープンだったが、インテルは閉鎖的で、秘密主義の傾向があった。TSMCはサービス精神があったが、インテルは、顧客を自分たちのルールに従わせようとした。
p.331
半導体は、いまのところ米国が要所を抑えてはいますが、中国には明確に、最高レベルの半導体を自国生産する意思あります。米国は、これまで、技術的に中国に先行する戦略でした。しかし、もはやこだけでは不十分であり、中国を阻止することが必要であると考えています。
中国を牽制するのは簡単なことではありません。冷戦期には経済も東西に分かれていました。いまは、中国は世界経済に組み込まれています。中国でのロックダウンで、自動車を始めとする生産が滞ったのは記憶にあたらしいところです。
最後に、個人的に興味深かったのは、先日読んだ『親愛なるレニー』にも本書にもソニーの盛田さんが登場したこと。戦後日本の歴史に、技術者が貢献した象徴ですし、いま、それが失われているといおうことでもあるのだろうと思いました。