Capitalism without Capital: The Rise of the Intangible Economy
Johathan Haskel Princeton University Press 2017
ケルは、英インペリアル・カレッジ・ビジネススクール経済学教授。邦題は、『無形資産が経済を支配する』
投資の主体が、もはや有形固定資産(土地や工場)ではなく無形資産になったという本。無形資産とは、たとえば、次のようなもの。
・スターバックスの店舗マニュアル
・アップルのデザインとソフトウェア(p.23)、レコード会社とのライセンス(p.10)
・コカ・コーラの製法とブランド (p.10)
・マイクロソフトの研究開発と研修
・グーグルのアルゴリズム
・ウーバーの運転手ネットワーク、AirBnBの宿主ネットワーク(p.24)
Introduction: 無形資産の台頭で何が変わるのか?
無形資産経済の象徴として取り上げられていた会社は、マイクロソフト(P.4, The Dark Matter of Investment) 。2006年時点の時価総額は2500億ドル。貸借対照表を見ると、現預金(cash) と無形資産が大きな割合を占める。
トヨタも金融業をやっているので、有形固定資産(PPE)の割合は小さいが、総資本の45%が現金であるマイクロソフトとの差は歴然。
第Ⅰ部 The Rise of the Intangible Economy: 無形経済の台頭
第2章 Capital’s Vanishing Act: 姿を消す資本では、投資が有形資産(Tangible)から無形資産(Intangible)へ向かう様を描いています。アメリカでは90年代に無形資産への投資が有形資産への投資を上回った指摘。
システム投資がは本格化する以前から、無形資産への投資が一貫して増えてきたのが印象的です。
p.32 の Fig 2.8 は、雇用規制の厳しい国ほど、無形資産の投資が低い図になっています。アメリカやイギリスのように雇用の流動性の高い国ほど、無形資産への投資が盛んなのがわかります。
第3章 無形投資の計測
本書では、「無形経済」を計測する難しさに触れています。例えば、社員への研修は、会社の経費として処理されます。損益計算書のコストであり、貸借対照表に資産として計上されるわけではありません。しかし、研修により他の部門との相乗効果が得られれば、「投資」として価値があったこっとになります。現在の会計は、この点を十分に認識してきませんでした。
第4章 What’s Different about Intangible Investment: 無形投資はどこが違うのか?
無形資産の特徴(4S)は、以下の通り(p.58)。
- Scalability スケーラビリティ(容易に拡大できること)
- Sunkennness 埋没性(掛けた費用がモノとして残らず、転売できない)
例)企業研修。ブランディングのための広告。 - Spillovers スピルオーバー(波及効果/模倣)
例)iPhone がスマホ市場を生んだ - Synergy シナジー(組み合わせによる相乗効果)
例)iPod と音楽(ファイル)販売
シナジーの一例がウォルマート p.81
A striking example of this is the role of Walmart in saving the US economy in the 1990s.
… there were big synergies between Walmart’s investment in computers and its investment in processes and supply chain development to make the most of the computers.
…
システム投資と業務手順・サプライチェーンの見直しが、相乗効果がありました。
無形資産への投資の難しさは、p.87
we would expect firms in an intangible-rich economy to exhibit more uncertainty. And part of this uncertainty shows up in giving intangible firms option values to their investment. Consider an intangible investment that is sunk and proceeds in stages. At each stage, the firm might learn something, say, about the feasibility of the investment.
同じ1ドルを投資しても、無形資産は「消えて」しまい、4Sが実現するかも終わってみないとわからないのですね。
第Ⅱ部 The Consequences of the Rise of the Intangible Economy 経済台頭の影響
第5章 Intangibles, Investment, Productivity, and Secular Stagnation 無形資産、投資、生産性、長期停滞
Secular Stagnation(長期停滞)とは、低金利なのに投資が増えず、景気が長期に渡って低迷していること。
題6章 Intangibles and the Rise of Inequality 無形資産と格差の増大
階級格差も懸念点として挙げています。模倣を防ぐ人材は重用され、単純な仕事は外注されます。
都市部の地価高騰にも触れています。Figure 6.4(p.137) は、アメリカのいくつかの都市の地価上昇率(1980 vs. 2015) なのですが、ボストン、ロス、NY、サンフランシスコは倍以上になってますね。デトロイト、ヒューストンは「下がって」いるのと対照的です。
Densepopulations mean people exchange, observe, and copy ideas from one another.
p.138
課税についても、変化が。
Because besunesses flock to cities to exploint the spill overs and synergies associated with intangibles, it is a major cause of the rise in the value of prime urban property, … because it is unusually internationally mobile, intangibles increas tax competition, which makes it harder for governments to reduce inequality by taxing capital more.
p.140
第7章 Infrastructure for Intangibles, and Intangible Infrastructure
無形資産のためのインフラと、無形インフラ
都市への投資になるわけですが、コロナ前の本なので、この1年でどう変わったのかはわかりません。
第8章 The Challenge of Financing an Intangible Economy 無形経済への投資資金という課題
無形資産中心の企業は、担保がないわけで、調達は株式中心。
第9章 Competeing, Managing, and Investing in the Intanggible Economy 無形経済での競争、経営、投資
無形資産を生み出すか、使うかによって違う経営手法。
Firms that produce intangible assets will want to maximize synergies, create opportunities to learn from the ideas of others, and retain talents. … But companies that rely on exploiting existing intangible assets … may be much more controlled environments — Amanazon’s warehouses rather than its headquarters.
p.206
第10章 Public Policy in an Intangible Economy 無形経済での公共政策
無形資産への投資を促進する政策。政府の補助金。商標・特許の保護。従業員教育支援。金融市場の整備(エクイティ・ファイナンス)。会社の規模については、こんな指摘も。
It is theoritically possible that large, dominant firms might over time invest more and more in intangibles, making up the shortfall from the rest of the business sector.
p.222
ベル研究所やマイクロソフトが投資できたのは、その独占的な地位があったからですね。これも功罪があります。
最後が、格差。政府がどの程度介入すべきなのかは、たしかに解がありません。
第11章 無形経済はこの先どこに向かうのか?
まとめ p.240
- 経済は有形資産から無形資産へ投資が移っている
- その移行は目に見えにくい。無形資産への投資は、経費として認識されがちなため。
- 無形資産は4Sの特徴をもつ
- 無形資産への投資は資産として計上されないで、表面上は経済/投資が停滞しているようにみえる
- 無形資産の利用度合いにより格差が生じる
- 無形資産に対応した金融システムが必要である
- 無形資産に対応したインフラが必要である
- 無形資産を生み出すリーダーシップが必要である
- 無形資産に対応した公共政策が必要である
- 今後は無形資産への投資が効果的である
- 無形資産への投資が過熱すると経済格差が広がり続けるため、対策が必要である
コロナ前に出版された本ですが、こうした変化がコロナでハッキリ見えてきました。自分も変わって行かねばと思います。
【参考】