岩手でボランティア(2)

大型バスで岩手へ

2.夜行バス

バスは東京駅を22時に出発した後に、新宿駅22:30発。東北自動車道に乗って、蓮田サービスエリアで休憩。バスにトイレがないため、頻尿症の私はSAに必ず下車。再び出発すると消灯。さすがに、熟睡とはいかない。帽子をアイマスク代わりにする。

次のSAで降りると、ちょっと肌寒い。ボランティア活動中に熱中症で倒れるかもと心配ばかりしていた。北国の春をなめてはいけない。
午前4時すぎに国見サービスエリアで休息。朝早すぎて、だれも起きない。時間調整をして、5時に出発。
6:30に遠野市総合福祉センター到着。

遠野市総合福祉センター
岩手県遠野市松崎町白岩字薬研淵1−3
0198-62-8459

Ⅱ.ボランティア活動

1.朝礼

近場のサンクスに行って、朝食のおにぎり購入。力仕事をすると思うと、思わずおにぎりを2個買ってしまう。
7:30の朝礼までに着替えよとの指示。女性が更衣できる部屋は、ボランティアセンターの中にあった。
朝礼に130名が参加。中には、外国人の姿も。ボランティア・センターには、通訳が必要だ。所長から訓示。数日前に、ボランティアの女性が、被災者からキリで刺されたという話を聞く。ボランティアの輪は広がっているが、被災者のストレスも高まっている。

ボランティアセンターでは、グッズのの供給もあった。


長靴などをここでレンタルすることもできる。作業地は、塩水に冠水して2ケ月が経っている。ヘドロをバスに持ち込まないため、履き替えるよう指示されることになる。
小雨がぱらついている。ボランティアの作業は、地面がぬかるんでしまったときは、隊長の判断で作業をしないということもある。東京から夜行バスでやってきても、何もせずに帰ることも安全対策上、いたしかたない。

2.陸前高田へ

出発。遠野から陸前高田までは、45km。岩手の内陸と沿岸は物理的に距離がある。道中は、美しい岩手の山々を見ながら進む。津波の被害にあっていない所は、3.11以前と変わらぬ風景。
川の駅よこたに到着。最終目的地を確認。イーモバイルの電波が途切れる。
気仙川に沿って陸前高田市街に向かう。津波が運んだ瓦礫を川岸に発見。海岸へはまだ6kmもある地点。東京の竹芝桟橋を起点にすると、原宿あたり。代々木上原から井の頭通りを走り、代々木公園を超えたところで、津波の瓦礫を見つけたら衝撃を受けないだろうか。
その量は徐々に増えていき、岡を下ったところで、声を失うことになる。まだ水平線も見えないところで、酔仙酒造の大きな酒を入れるタンクが転がっている。

岩手日報 2011/3/29 「「絶対再建できる」 陸前高田・酔仙酒造


重機を使った作業が続いているが、2ヶ月経過した時点でも、まだ最終形が見えない状況になっている。
しばらく進むと、海が見えてきた。本来、見えてはいけない位置なのに。テレビ映像から伝わらないのは、この「奥行き」こんな遠くまで水が来たというのは、現地にいかないと感覚をつかめない。瓦礫の山ができている。瓦礫はどけたらどこかにいかなければならないが、そのあてもまだない。
高田松原の「一本松」が見えてきた。


「海岸沿い」の道を走る。被災したキャピタルホテル1000が海岸にポツンと立っている。この道より先の部分は地盤沈下で海になってしまった。もとの松原は、同ホテルのホームページで見ることができる。