【本】知の武装

知の武装: 救国のインテリジェンス (新潮新書 551)

佐藤優 新潮社 2013/12

海外で暮らすと、国際情勢について関心が高まります。読後感としましては、

  • 東アジアのリスクが高まっている
  • 帝国論は、企業経営にも当てはまるのでは?

ということでした。

副題は、救国のインテリジェンス。Intelligent の語源は、ラテン語の inter(=between)+L.legere(=read、gather、choose)。行間を読むというところでしょうか。

個別の紛争の分析は置いておき、企業経営の観点から興味深かったのが、帝国に関する議論でした。

21世紀のいま、日本をはじめとする世界の主要なパワーである大国群は、「帝国」の形態をとらなければ生き抜いていけない、 p.146

これは19世紀的な帝国ではありません。

「帝国」は、外の力を包摂し、自己に吸収して、初めて生き残ることができる。p.148

本書は、国際政治について語っている本ですが、私には多国籍企業にも一部当てはまると思います。つまり、欧米、中印などの企業は、帝国を形成して、世界シェアを取りに行くのに、なぜ日本企業は、帝国を作るのが苦手なのだろうかと。

6章で、国別のインテリジェンスを議論しています。

究極の有事には組織文化の違いが際立つと言います。その意味で、冷たい戦争をともに戦っていたイギリスとアメリカの情報機関は、鮮やかなコントラストをなしていました。
逆に、冷戦都市ベルリンを舞台に対峙していたイギリスとロシアのインテリジェンス組織は、双子のようにそっくりな面を持っていました。p.167

そもそもイギリスという国は、独自の民族と言語によって成立している「ネーションステート」じゃないですからね。それは国名を見れば明らかです。「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」。ここには民族を示唆する言葉が一つも入っていません。
(中略)
ベネディクト・アンダーソンが『想像の共同体』で、イギリスと「ソビエト社会主義共和国連邦」には、ネイション・ステートの痕跡が認められないと主張しています。
(中略)
だからイギリスとソ連は、極めて特殊な国だったんです。これらの国家の本質は「帝国」なんですよ。p.175

「帝国」というのは必然的に多元的ですから、インテリジェンス機能が高くなければ治められません。(中略)もう一つ、これも必然的にですが、保護主義を採用することになるんです。

こうした思想の背景をP.177以降、存在論を通じて考証しています。

 近代より前のヨーロッパにおいて、ものの見方の主流は、愛でもいい、信頼でもいい、目に見えないそういうものが必ずあるという考え方でした。

この実念論(Realism)から始まって、唯名論(Nominalism)が出てきた。この唯名論が定着しなかったのが、イングランドとチェコだった。この実念論が支配的な地域では、成文憲法ができづらい(イスラエルも)。そして、実念論に基づいたインテリジェンスは、アートに近くなる。この芸術か技法か。

危機に際して、国家がインテリジェンスの感覚を天性備えた指導者を擁しているかが問題になると。(中略)

未曾有の危機に直面して、求められるのは知識などではありません。専門家の言うことをよく聞いて、余計な喧嘩はしない。これはという人に思い切って任せる。物事の判断が的確で、有能な人を嫉妬したりしない指導者が必要なのです。p.180

日本については、p.224

戦後の日本の高度経済成長の源泉は、農業だと僕は思っています。農業をやる感覚で研究開発をやった。(中略)これは、決して商人の論理じゃない。

というわけで、イギリス、フランス、ロシア、アメリカ、中国などは、帝国を作る技量がある。異なる文化を内部に抱えながらも、統治した実績もある。日本もそれをかつて目指したが、失敗した。

イギリス、ロシアは、実念論が支配しており、インテリジェンスは、アートであり、エリートを選抜して、事に当たらせる。アメリカは、技量であり、徹底した訓練で組織を作っていく。

日本企業は、高度成長期に農本主義的に工業化に取り組んだ結果、世界でも成功したが、帝国を作れたわけではなかった。このあたりが、売上高数千億円ぐらいの会社までは、巧みに経営するけど、10兆円クラスの多国籍企業(帝国)をなかなか経営できない遠因に思えます。企業にも、石光真清が必要ですね。

日本発の新しい人事システム、管理会計が出てこれば、本物でしょうか。