歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ
渡辺裕 中公新書 2010/9
ドイツ人と日本人がカラオケ中毒というような本ではございません。歌を通した日本近代史です。明治政府は、西洋音楽を芸術ではなく、日本を近代国家にする、乃ち日本国民を作るための道具として導入した。その様子がよくわかります。
冒頭クスりとするのが、「夏期衛生唱歌」 歌詞は実践的なアドバイスで、20番まである。「汽笛一声新橋を…」の鉄道唱歌の正式名は「地理教育鉄道唱歌」は334番まである。こうした日本国を国民に浸透させるために唱歌が位置づけられている例が紹介されています。
東京音楽学校には前身があり、それが「音楽取調掛」 明治12年に文部省によって設置されたものでした。こうした「上から」の西洋音楽普及は、これに反発した童謡運動との対比でその性格が明らかになっています。
替え歌の伝統p.58も興味深いものでした。盛岡中学の校歌はこちら。
歌には時代背景があることを教えてくれます。もうひとつ良い例が、「仰げば尊し」p.123。同曲は、音楽取締掛の編纂した最初の歌唱週『小学唱歌集』に掲載されている由緒ある歌。
「身を立て名を上げ」について
…歌詞は中国の古典である『孝経』を典拠とするもので、もともとは親孝行の必要性を説くというコンテクストで、父母からいただいたこの自分の身体を大切にし、人として立派に成長し、正しい道を実践することによって、父母の名を世間に光り輝かせることが孝行を成し遂げることだ、という儒教道徳的な背景の中で使われた言葉でした。p.127
それが、昭和60年代初頭にこの2番の歌詞が削除され、「旅立ちの日に」(1991)に取って代わられます。
唱歌遊戯の場として東京女子体操学校が前面にでてきているのも面白いところ。近代の女性教育に体操が注目されたんですね。
コミュニティの歌といえば校歌「わけのわからない校歌」で紹介されている東京電機大学高等学校の校歌は微笑ましいですね。
読み終えると、日本はなんて直系家族な社会なんだろうとまたもや思いますね。
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