Karaoke: The Global Phenomenon
シュン・ジョウ 青土社 2008/1
今から15年ほど前、ベトナムの田舎町にカラオケとドラえもんが伝わっているもに驚きましたが、カラオケが学問になるとは思ってませんでした。タイトルの日本訳はともかくとして、カラオケが民族の壁を次々に乗り越える様子と、各地のローカル化している状況が、よく伝わってきます。
地域でいえば、チベットはもちろん、世界で最も閉鎖的な北朝鮮にまであり、電気のあるところには、ほぼ普及しています。利用している人も、ウィリアム王子から一般庶民まで、階層を選びません。ローカル化でいえば、キリスト教の賛美化用から、売春クラブの場つなぎ用まで、現地のニーズに合わせてさまざまな形で使われています。
先日ご紹介した、「ドットコム・ラヴァーズ」では、アメリカ人を理解するには、マッチング・サイトを描けばいいと言いました。世界の国々を理解するには、カラオケをみればよかったんですね。韓国人は、カラオケが自国で作られたといいますし、イタリア人にとってカラオケは、真剣勝負の場(p204)でありました。
技術の進化論ともいえますね。テープ→LD→CD→DVD という記憶媒体の進化。ケータイにのり、家庭用ゲーム機にのり、果ては、ネット配信になる。
日本では、飽和市場と思われているカラオケですが、世界に目を向ければ、いろんな可能性がありそうです。
では。