【本】迷いと決断 ☆☆☆☆

迷いと決断
迷いと決断
出井 伸之 2006/12 新潮新書

 ソニーの前CEOの回顧録。まず、新潮社さんは、ハードカバーで出版すべきだったのではないでしょうか。それぐらいのリスペクトがあってしかるべきだと思うのですが。ご本人の意向でしょうか。
 エクゼクティブ向けMBAの生きたケーススタディになっています。出井さんの「迷い」に対して、自分ならどう「決断」するのか、勉強会を開くだけで、良い訓練になります。


 一通り読んで、出井さんは、フランス人みたいだと思いました。ものごとを概念として理解して、問題の本質を見抜き、統治機構で対処する。日本のメーカーに多い、現場に出向いて、自分が率先して直すタイプとは対極です。
 大賀さんとのやりとり(P.77)に集約されています。

「生意気なこと言うな。私はCDというフォーマットを作ったんだ。きみはいったい、これまでにどんな商品を作ったというんだ!」
「私がやろうとしているのは、個別のプロダクツの企画ではなく、ソニーそのものを変えることなのです」

 なので、出井さんが寄りかかるのは、HBS J.コッター教授(John P. Kotter)の「変革のための8つのステップ」なんですね。
 ?危機意識の確立
 ?強力なガイディングチームの形成
 ?ビジョンの創造
 ?ビジョンの伝達
 ?ビジョンに向かって行動するよう全社員を奨励
 ?短期的成果の計画と実行
 ?さらなる改革の推進
 ?新しいアプローチの制度化
 いま、飯島さんと竹中さんの本を読むと、小泉改革ともダブったりします。
企業変革力 次に考えるのは、社長の在任期間です。10年が長かったのかどうか。従業員が16万人。サモアの人口が17万人ですから、国に近いイメージです。それほどの規模になると、最低5年はやらないと、結果が出ないでしょう。
 一方、アメリカのCEOに、在任期間の限度を聞いたときに、10年と答えてくれました。期間としては、長さの限界だったのかもしれません。
 CEOの業績評価の仕方は、面白い研究テーマですね。
Lorsch, Jay W. “CEO Evaluation at Dayton Hudson.” Harvard Business School Case 491-116
 P.147では、社長人事の間違いを率直に認めています。

00年に私はCEO兼任で会長に就き、後任の社長に安藤国威さんを据えて、アメリカをハワード、日本を安藤さんに統括してもらう形にしました。
 今だから言えますが、この人事は私の最大の失敗だったと思っています。

 後任を選ぶことは、社長の重要な職務で、就任直後に候補者を選ぶ会社もありますが、難しいところです。安藤さんの回顧録を待つ必要もありますね。
 P.149では、ソニー生命の売却騒動を反省しています。
 

フォーチューン誌がこの件について、「出井は正しい決断をしながら、それをエグゼキューションしなかったことで求心力を失った」と書いていますが、まさにその通りだと思います。

 蛇足ながら、このピンチの描写に、ミセス盛田の言葉を記しているところに、出井さんの創業家との微妙な関係が垣間見えます。
 P.172では、導眠剤の服用を告白しています。経営トップに対するメディカルサポートは、もっと進歩してもよい分野でしょう。
 健康面についてのアドバイスは、INAXの潮田さんも指摘しています(企業家倶楽部 「潮田健次郎の経営道場(5)」)。
 EVAについては、まだ、正しいと主張しています(P.186)。文藝春秋2月号の立花隆氏と中鉢社長の対談「ソニー神話を壊したのは誰だ」の中で、中鉢さんが否定的なコメントをしています。EVAとイノベーションの因果関係について、専門家の分析を待つべきだと思いますが、少なくとも、代替案も提示しないと批判にならないとは思います。
 クオリアは、未練があるんですね。トヨタのレクサスを引き合いにしていますが、30代の私にとっては、SONYは最初からレクサスなわけで、豊田自動車とはちょっと違うかと。
 P.191では、タウンミーティングと社内大学の話が出てきます。これと社内ホームページによるコミュニケーションとあわせて、出井さんの社員との対話は、非常に参考になると思います。
 ただし、たしかに、井深さんのように、工場に篭るなんてことはできないわけで、ここをどうみるかによって、出井さんの評価は変わるのではないでしょうか。
 P.192では、トップ交代にいたる政治敵な動きに対する不満を率直に述べています。これは、もう少し時間を置いて、干からびさせないと、全体像が見えないかと。まだ、生乾きですので。
 またまた、蛇足ですが、退任を決めた日のエピソードが、谷村新司と『旅立ちの日に』というのは、どうなんでしょうか。
というわけで、長くなってしまいました。それほど経営学の論点がテンコもりです。経営者のみなさんは、ぜひ、ご一読を。

【参考】
日経ビジネス 2007/1/22 p.71 ワタミの渡邉社長の書評。