【本】ものづくり経営学 ☆☆☆☆

ものづくり経営学―製造業を超える生産思想
ものづくり経営学―製造業を超える生産思想
藤本 隆宏 光文社 2007/3

 藤本教授の「統合型ものづくりシステム」については、『日本のもの造り哲学』でご紹介しました。ものづくりについてのコミュニティが
東京大学21世紀COEものづくり経営研究センターとなって立ちあがり、今回の報告書が仕上がってきました。


 新書で549ページ。大学教育を母国語でできる国は、実は少ないそうですが、これほどの情報が、日本語で集まるというところに、日本のものづくりの強さを感じます。面白かったコメントは、以下のとおりです。 

1.組織間学習
 第1部第8章で、日産とルノー間組織間学習が取り上げられています。ものづくりの伝承と発展のためには、ティーチングとラーニングが必要条件になりますが、国を超えた学びあいが実現した日産を例にとると、その難しさと効果がよくわかりました。

2.光ディスク
 元富士通光ディスク事業部部長小川紘一氏による論文(P.217)。私たちの生活に不可欠でありながら、疎遠なCD-R、DVD。規格は日本主導で制定したにももかかわらず、メディアで生き残っているのは、1社のみ。新規格が出ても3?4年すると、日本企業は赤字撤退してきました。
 この光ディスクを通じて、ものづくりは、擦りあわせvs.モジュラーという単純なものではなく、レイヤーごとに複合的なアーキテクチャになっていることがわかります。
 光ディスク事業不振の原因をMCUとファームウエアに求め、モジュラー化の端緒となった様子を活写しています。

どこの国の企業もこの部品を使って、中国工場やASEAN諸国の工場で組み立てるならば、日本企業とキャッチアップ型工業企業とのコスト差は、売上高・総発生費用率だけである。(中略)無敵の技術開発が日本企業へ向かう刃に変わってしまうのならば、ここに、現在の日本企業が抱えるR&Dディレンマがあるのではないだろうか。

たとえCD-ROM産業やDVD産業であっても、アーキテクチャの動態的な転換を事前に予測して経営システム・組織能力の再構築に挑んだ先進的な経営者の中に、競争力が長期に渡って維持された事例が多数見られる。また興味深いことに、その勝ちパターンは欧米に見るパソコンや携帯電話に見られるパターンと同じであった。(p239)

 参考:http://www.ut-mmrc.jp/DP/PDF/MMRC28_2005.pdf
 ものづくりが複合的なアーキテクチャに変化しているのに、マネジメントが「擦り合わせ」時代の栄光から抜け出せないのであれば、問題ですね。「エレキ復活の鍵が、光ディスク産業にある」P.239というのは、なるほどと思いました。

 第3部では、非製造業のものづくりについて分析しています。ヨーカ堂、郵便局、建築、病院などが取り上げられています。

3.金融商品開発
 金融業では、製販分離が進んでいるのですが、この製造部分にスポットをあてると、そこは、ものづくりでした。アセット・マネジメントでは、ここの金融商品からポートフォリオを構築するわけですが、部品から自動車を組み立てるプロセスと比較すると、たしかにモジュールだけでなく、擦り合わせが必要な部分もみええきます。
 日本発の金融サービスは、FeliCaぐらいかなと思っていましたが、トヨタWayのポートフォリオ管理って新しいかもしれません。

4.ソフトウェア
 ここでは、単純なソフトウエア開発というよりは、ものづくりとの接点に焦点をあてています。自動車に搭載されるチップは100を超えるようになってきており、ハードとソフトは、切り離せなくなってきました。むしろ、各社のハードウェアにばらつきは少なく、むしろ、ソフトウェアのできが製品の優劣を決めるようになってきているというのは、なるほどと思いました。

5.ゲームソフト
 P.405に家庭用ゲームソフトのものづくりが取り上げられています。言われてみれば、日本のソフトウェア産業の競争力は強くないのに、なぜかゲームソフトは強い。それを分析していくと、

ゲームソフトは全体を調整しながら、インテグラルに作り込まねばならない製品なのである。P.409

ということがみえてきます。
 ゲームソフトをものづくりの観点から考察するのも面白いんですが、ゲームソフトのライフサイクルが短いところを近年、ライフサイクルが短くなってきている製造業が学ぶべきというのも、なるほどなと思いました。
 また、性能が良ければ売れるわけではなく、より感性に訴える必要があるというのも、ゲームと最近の消費財に共通する部分なのでしょう。

 第4部では、アジアのものづくりを分析しています。低賃金を武器にしていも、中国とASEANでは、アーキテクチャが異なっているのがわかります。
 ASEANのケーススタディは、有益でした。擦りあわせ高級志向の日本とモジュールで低価格の中国にはさまれて、どのように生き延びるのか。この問いは、日本の多くの中小企業に共通する悩みなのではないでしょうか。

 副題で「製造業を超える生産思想」とあるとおり、ものづくりは、もはや単なるノウハウにとどまらず、ひとつの世界を作り上げています。出発は、製造業でありながら、非製造業のあり方にも影響を与え、それがまた製造業にフィードバックされるようになりつつある。本書は、日本の産業全体に新しい横串をさしてくれており、非常に勉強になりました。
 
では(^^)/^

【参考】
日経IT PLUSの書評 2007/4/27