私は、世界230都市を旅し、3都市に住んできました。住む場所を決める時の一つの要素が図書館でした。センスのある図書館を作る市は、行政もできると実感しています。図書館というのは未来への投資です。知識を共有することによって人を育てる場所です。結果が出るまでに時間がかかります。減税して現在の市民を甘やかしていたら、図書館は充実しません。未来への投資を捻出できる市が、将来繁栄するわけです。私が暮らしたシンガポールとアムステルダムの図書館は、素晴らしいものでした。両都市は経済的にも繁栄し続けています。
日本に帰国して、日本の図書館が直系家族の罠にハマっていることを実感します。従来のやり方を真面目に踏襲して、環境の変化に対応できない典型のように思えます。
明治時代に西欧のBibliotheekを日本にも作る時、語源の「本の収蔵場所」という意味では「文庫」ということがありました。しかし、学術的・公共的な意味を与えるために先人は「図書館」という言葉を作ったそうです。
現代の我々は、名称を変えるほどの環境の変化に直面しているのではないでしょうか。明治時代は、情報は紙で共有されていました。大量の知識を共有するには広い建物に本棚を並べ、図書館員を育成して、当該の情報にたどり着けるようにする必要がありました。
しかし、いま、電車に乗っても若い人は紙を読んでいません。KIMI K3は、2.8兆パラメーター。新書100万冊を超えます。若い人は文字よりもTikTok(映像)で情報を得ています。今の若者に知識を与えるには、AIを無料で使わせるインフラを整える方が合理的ではないでしょうか。
アムステルダムの小さな図書館の改修が終わると、本棚が撤去され、カフェと会議室が増えていて驚きました。すべての机でWi-Fiと電源が使え、会話、飲食も自由でした。図書館で私が仕事をしている時に、カフェの店員が、サンプルとしてコーヒーを配ってくれたのは、ちょっと感動しました。
子どもを遊ばせるスペースで、楽器の演奏があったり、年寄りが集まってコンチェルトを弾いたりしたこともあります。うるさいですけど、ま、我慢ですね。オランダ人は、絶対核家族。親と同居しないので、前例に囚われません。この環境の変化へのスピードは、驚きます。
日本も柔軟な図書館が増えて来ています。東京中央区京橋図書館などはその一例です。しかし、そこでさえ、電源のある席でPCの利用を禁止していたりします。キーボードの音がうるさいのだとか。既存の秩序を優先するあまり環境の変化に対応できないのが、まさに直系家族の罠なのであります。