【本】問題は英国ではない、EUなのだ

問題は英国ではない、EUなのだ

エマニュエル・トッド  文春新書 2016/9

トッド教授のエッセイ集。本としてのまとまりはないですが、海外で暮らしていると、こういう論評をまとめて読めるのはありがたいです。アメリカ大統領選挙の投票日が近づいていますが、最近の国際情勢の変化を歴史の流れの中で整理することができました。

基本的な認識は、第2時世界大戦以降、3つめの局面が近づいてると言うものです。 (日本語版まえがき、p.3)

1950 – 1980 経済成長期
1981 – 2010 グローバリゼーション期
2011 – 反動期

グローバリゼーションのダイナミズムが底をついてきていることがその兆候ですが、しかもその兆候が、アメリカとイギリスというグローバリゼーションを発生させた2つの国を例外とせず、むしろとりわけこの2国で現れてきているのです。p.4

アングロサクソンの2つの大きな社会が、30年に渡って個人主義と追求した結果、Nation の再構築を求めてる。著者はこれを、Globalization fatigueと呼んでいます。

Brexitの影響について。英国分裂はなし。オランダ、北欧が追従する可能性。

第3章では、欧州以外の世界情勢もカバーしています。米国、ロシア、イランが安定。欧州と中国が不安定。

アメリカについては、肯定的。新しい潮流が始まるとしたら、米国からとしています。なぜなら、出生率が高く、人口学的な問題がなく、社会的安定期に入っているから。

絶対核家族社会であるアングロサクソンが、国家の意義を忘れていると指摘しています。

 国家こそ、個人の自由の必要条件です。(中略)「国家は、家族、親族、部族といった関係から、個人を解放する」p.133

アメリカが揺れ動く社会と指摘。

 このような大きな揺れ動きは、アングロサクソンの絶対核家族の構造に起因していると考えられます。直系家族のドイツや日本が親子間の継続性を重視するのに比べ、親子間が自由な関係にあり、子供がまったく新しいことを始めるわけです。世代ごとに大きく変化を遂げ、「世代」が大きな意味を持つ文化なのです。p.141

サンダース、トランプ候補の主張を聞いていると、国家の役割が強まっていると感じますね。

ロシアは、人口が140百万人しかない点を指摘して、脅威とみなすべきでないという立場。国家としては安定を迎えている。

中東については、国家としての視点を強調していました。

中東は、国家が弱い地域です。国家建設が困難であることが、アラブ世界の本質的特徴なのです。アラブ世界の家族システム、つまり内婚制共同体家族はまさに「アンチ国家」なのです。p.145

サウジアラビアについては、出生率が90年ごろの6から現在3に下回っていると、社会が不安定になっている点を指摘。興味深いのは、シーア派のをプロテスタントに見立てる分析。

人類学的・文化的に見て、イラン人は西洋人に近く、国家建設の伝統を持っています。ですから、アングロサクソンの歴史のなかで育った人間ならば、シーア派の方に親近感を覚えるはずなのです。p.152

「論理的に言えば、女性の地位に関心をもつはずの西洋は、イランや、シリアのアサド政権こそ良きパートナーであると理解し、彼らと組むべきだったのに、そうではなく、スンニ派の最も保守的な勢力(つまり、サウジアラビア)に同調しているのは、実はアメリカのデモクラシー、あるいは寡頭政治の中に、スンニ派的なものがすでに存在するからではないか」(154頁)
シリア危機には、こんなコメント。

反政府勢力ん分布図と人類学的な地図を見比べたのです。すると、アサド政権の支持勢力の地域の方が、人類学的に見て西洋に近いことがわかりました。p.153

西洋が反アサドと組んでもうまくいかないという主張でした。

家族類型からみたスンニ派vs.シーア派も興味深いです。

シーア派では、後継者として息子がいなければ、娘が相続することがります。それに対してスンニ派では、息子がいなければ、代わりに娘がいたとしても、父系の親戚筋が相続人となり、女子が相続することはありません。p.157

イランは、女性の地位が高く、核家族的で、より個人主義というのは、私が旅行した時の印象と重なります。

第4章は、人口学からみた2030年の世界。米国では、男性の高等教育進学率が停滞し、女性に抜かれていました p.168。
先進国の中で、出生率を劇的に回復した唯一の国はロシア p.170。高等教育進学率は、男女ともに安定的に上昇しています。特に女性の改善が顕著です。
中国は、経済よりも人口が問題としています。高等教育進学率が5%未満です。p.174 出生の男女比が117:100と異常。10億人の少子高齢化は、移民による解決ができないとしています。p.176

ヨーロッパ最大のパラドックスは、不安定なドイツがヨーロッパのイニシアティブを握っているということ。p.177 他の欧州諸国の出生率が2に近いのに、ドイツだけ1.4。男性の高等教育進学率も、ドイツは落ちてます。p.179

日本は、安定している国々(米ロ)との接近を推奨しています。日本人の移民に対する態度は、第5章p.221。

日本人は決して異質な人間を憎んでいるわけではなく、仲間同士で暮らしている状態が非常に幸せなので、その現状を守ろうとしているだけではないのでしょうか。日本の社会はお互いのことを慮る、迷惑をかけないようにする、そういう意味では完成されたパーフェクトな世界だからです。

では。